合唱初心者のための「五つの童画」~解説その4~
12月10日(土)
好調に更新を続けている合唱初心者のためのシリーズ、
第4弾です!
前回までで、重要ポイント3つをご紹介し終わりましたので、
第4回目の今回、簡単な曲の内容の解説に入っていきたいと思います。
通常、曲の内容説明は、一番最初に行うのかもしれませんが、
これを後回しにした理由は、、、そう、もうお分かりですね?
前回書きました通り、この「五つの童画」の詩の解釈を単独でやることは
あまりお勧めしないからです。
曲の中で味わってなんぼ、できれば楽譜を見ながら、というのがお勧めの方法で
それと並行して、詩のみを味わうのがいいのではないかと思います。
しかし、初心者のための、と書いておきながら、内容解説を飛ばすわけにはいきません。
一番いいのは、詩をまずは載せて、読んでいただいてから、という方法がいいのですが、
著作権の関係もあって、それはできません。
あくまでも、ざっとどんな内容かをわかっていただき、興味を持っていただける程度に、内容をご紹介したいと思います。
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・1曲目「風見鳥」
あっちだよ、こっちだよ、と、風の言うままになんでも見てしまった風見鳥は死んでしまいます。
なんでも知っていて、なんでも見ていたはずの風見鳥は、あらしに負けて落っこちますが、風見鳥には目も口もなかった。そんな悲喜劇が描かれています。
風見鳥がみていた風景の描写部分
「裏山の猪が子を産んだ 十二匹 畠の子いもが盗まれた 十一個 十二匹目のうりっ子が ころんでけがして死んだ」
こういった描写にも残酷さが複線的に仕組まれています。
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・2曲目「ほら貝の笛」
人や海にその声をとどろかせていたほら貝も、今は忘れられ、海にも帰れず、そして、ただ、コオロギがその中で泣いているだけという無情をうたっています。
ほら貝とは、果たして何?そして誰?もしかしてあなた?それは私?
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・3曲目「やじろべえ」
やじろべえはやじろべえ、いつまでたってもやじろべえはやじろべえ。でも、よく見てみると、そこにいたはずのやじろべえは、影になって、そしていなくなっています。
どんなに願っても変わることができない、そして、よく見れば、実体すらない影で、そして、消えていくのが私たち人間ではないか、と考えさせられる詩です。
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・4曲目「砂時計」
私たちの記憶の断片、砂時計の落ちる砂のように、悲しい「時」も、楽しい「時」も、すべてばらばらとなって、見えなくなり、手の届かないどこかで銀色の魚となって泳ぎまわる。しかし、その魚はだれも釣れないのだと語ります。
三善先生は著書の中でも、高田敏子さんは、銀色の魚は誰も釣れないと書いてくださった・・・と、触れていらっしゃいますので、内容について、とてもひかれるもののあった作品なのかもしれません。(←あくまで推測ですが。)
記憶、時間、といったものと銀色の魚のイメージの表現は、高田敏子さんでなければできない、とても印象的なものだと思います。
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・5曲目「どんぐりのコマ」
詩だけを読めば、少しのアイロニーがあります。たくさんの樫の実達。大きな樫の実も小さな樫の実も、みんな樫の木になりたいと言って飛びおりていきます。でも、樫の実の頭は、神様がちょっとつまんでとがらせた。だから子供たちはコマにして遊びます。運命を知らない樫の実達、それでも、力いっぱい「樫の木になりたい」といって、飛びおりていくのです。
曲については、前回、書いたとおり、ちょっとした言葉の使い方と曲の作り方で、大きく意味を変えて取ることができます。
胸に希望を持って「みんな」で飛びおりていくどんぐりたち。大きいものも小さいものも、落ち葉や、雲と風、子供たちと一緒に「みんな」でまわるという最後のシーンには、希望と救いが描かれています。
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何度も言いますが、実際の詩を読み、曲を聴き、その中で個々人が感じるのが一番ですし、
解釈に正しい答えはありませんので、ふーん、と読み捨てていただいてかまいません。
そのあたり、ご理解いただければ幸いです!
(答えは、みなさんお一人おひとりが胸に感じればいいものだと思います。。。)
さああ、ますます、CAの演奏会に行って聞きたくなったところで、次回につづく、です。
(文責)芳賀
合唱初心者のための「五つの童画」~解説その3~
12月09日(金)
「合唱初心者」のための・・・???これが?と
つぶやきをいただいている、当企画、第三弾です!!
・・・あくまで、「うっかりCAの演奏会を聴きに来ちゃおうかと思ったり、
わざわざCAのblogを読んじゃおうかな?と考えちゃうよな『初心者』さま用の記事です。
どうぞ、よろしく!
さて、
合唱組曲「五つの童画」
作曲:三善晃 作詩:高田敏子
この作品を楽しむためのポイント3つ目です。
<高田敏子さんの詩と三善先生の曲作りについて>
「五つの童画」。童画というのだから子供向け?と思う人も多いでしょう。
しかし、この作品で子供に語らせている風景は、とても残酷な悲劇・悲喜劇が五つです。
でも、合唱作品になったとき、その形は変わるので注意しましょう。
1曲目から4曲目の4つの悲しみやあきらめ、絶望に対して、5曲目には希望が詰まっているのです。
そこには、ちょっとした秘密があります。
合唱なので、もちろん、全部の歌詞を全部のパートが歌うことはないですし、掛け合いで、一部分ずつ各パートが請け負ったり、何度も繰り返したりはするのですが、
1曲目から4曲目の語順はほぼ、元の詩の語順どおりになっているのに対し5曲目は違う作りになっています。
ここが、とっても重要ポイント!です。
いったん、言葉をバラバラにして、そして、他の4つよりも詩に自由に作曲されていることがわかります。
5曲目曲の最後は「まわれ 雲と風 子供 輪になって まわれ 樫の実 輪になって まわれ まわれ まわれ 輪になって まわれ」
元の詩の順番とは、全く違うのです。
三善先生は、あえて詩の語順を入れ替えて使って、絶望の曲を、希望と救いの曲に仕立て直しているのです。
「五つの童画」は、作曲家三善晃の目を通して、作詩家高田敏子の作品が、合唱音楽として違う作品に生まれ変わっていることが、
本当に大事な大事な点なのです。
ですから、もし、ご自身でこの曲を歌うときにも、「詩の解釈」は単独でやらない方がよい、と思います。
詩と曲が不可分にからみあっているところが、この作品が面白くて難し点なのです。
ですから、演奏会当日は、パンフレットに書かれた詩は、さっと目を通す程度にとどめておきましょう。
絶対ダメなのは、演奏聴きながら、パンフレットの詩を見て、どれどれ、どんな詩かな?っていうもの。
これだけは、絶対にやめた方が、本当の意味でこの曲を楽しめると思いますよ。
「曲を聴きながら、日本語を味わう」のが、この曲の醍醐味といえましょう。
合唱マニア予備軍のための・・・が正しい名称という話も、ますます真実味を帯びてきたところで、
次回につづきます!
(文責)Sop.芳賀
合唱初心者のための「五つの童画」~解説その2~
12月08日(木)
こんにちわ!Sop.の芳賀です。
某AltのKぼっちさんから
十分マニアックな企画になりそう・・・とつぶやきをいただいた
「合唱初心者のための解説シリーズ」第二弾です(笑)!
合唱組曲「五つの童画」
作曲:三善晃 作詩:高田敏子
今日は、
第15回演奏会で初めてこの曲を聴くみなさんも「これを知っていると楽しめる!」という2つの目のポイントを解説しまーす!
<言葉とリズム、メロディーについて>
これを語らずに、何を語らんや!というほど重大ポイントです!!
三善先生は、日本語の語感にとっても敏感でいらっしゃいます。
理由は、小さいときに病気になり、毎日母親がたくさんの本を読み聞かせしてくれたからじゃないか、と、著書で語っています。
そして、20代でフランスに留学した時に、音楽は母国語と切り離せないと強く感じた、というだけあり、
五つの童画の中で、三善先生の書かれた音楽のリズムやメロディーは(ピアノパートすらも)日本語の語感と響きにぴったりと寄り添ったものになっています。
たとえば、1曲目「風が耳うちしにおりてきた」って部分を見てみましょう。
これを話すとき、日本人なら、自然に「耳うち」の部分は早く話す。「かーぜーがーみーみーうーちー」と、同じ長さ同じ強さで話す人はいませんよね?
ごくごく自然に、「風が、(てん・・・これが大事!)耳打ち」も、「タンタンタ(ン)タタタタ)というリズムになります。
「あっちだよ こっちだよ」という部分もそうです。日本語が母国語の私たちは、自然に言葉の間を取るし、子供なら「あっちだ「よぉー」」と自然に伸ばす。そういう語り口が強く生かされているんです。リズムは「タンタタターン」で、小さい「っ」や、子供が「よー」って伸ばすさまが表現されています。
5曲目の「もういいかい もういいよ」や「どんぐり」という言葉も同じなのですが、しかし、こちらは、もっと音楽的に重要な役割を持っています。
すこしずつ音形を変えながら、繰り返されて効果が発揮されるように置かれているのです。
聴きどころとしては、何よりまずは、女声がアカペラではいる最初の「どんぐりのあたまは なぜとがっている~」という部分です。
自然なそのメロディーが、その後の部分で、どんな風に変わりながら力強く変化していくか、楽しみに聞いてください!
(音楽的には動機の展開と言ったりします。これが、すごく巧みなんです!)
変拍子が沢山出てくるのも、日本語のリズム、間を尊重したからです。
たとえば、2曲目で使われる語、「ほら貝」。
「ほら貝は」と語れば、5拍子になるのは自然ですよね。
奇数拍子が組み合わされているのは、メロディー的、音楽的な面白さ、というよりも、
自然な日本語の語感が基本にあるのが、この作品の特徴なんです。
だから、もし、演奏を聴いていてぎこちなく聞こえるところがあるなら、それは合唱(歌)だけじゃなく、あまり日本語が上手くないからということになってしまいます。。。
う~ん
果たして、CAの演奏は如何に?
(つづく)
合唱初心者のための「五つの童画」~解説その1~
12月07日(水)
みなさま、はじめまして。
CANTUS ANIMAEの左脳担当(!?)、Sop.芳賀です!
第15回演奏会を楽しんでいただくために、今日から演奏会までの間、
演目の解説を連載したいと思います~!
というのも、CAの演奏会のパンフレットの解説って実はとってもマニアックなんです(^_^;)
「ちょっとついていけない~・・・」という中高校生、合唱初心者さまに向けての情報発信も大事よねっ?
ってことで、企画いたしました。
第一弾は、メインステージ3st
作曲:三善晃 作詩:高田敏子
「五つの童画」
まずは、「これを知っているともっと楽しめる五つの童画3つのポイント」
その1です。
<ピアノと合唱の関係について>
作曲の三善晃先生は、ピアノの名手です。ピアノ曲を沢山書いているだけではなく、三善メソッドというピアノの教え方まで考えてしまったくらい!です。
そして、器楽曲やシンフォニーもたくさん書いている作曲家で、いわゆる「合唱専門の作曲家」ではありません。
だから、ピアノの使い方が他の作曲家とは大きく違います。実は、この時代に三善氏の合唱作品が出てくるまでのピアノの役割は「伴奏」が多かったのです。合唱を補佐役ですね。
そういう曲は、実際に演奏するときも、ピアノが大きくなりすぎないように、遠慮がちにほんのちょっとフタをあけて、舞台の端の方で演奏されます。
でも、「五つの童画」の中のピアノは、合唱と同じ1つのパートとして、対等もしくはそれ以上の役割を持っています。
だから、ピアノは堂々と舞台の真ん中で、がばりと大きくフタをあけて演奏されるのです。
もちろん、今回の演奏会も同じく、どどーんと、真ん中にピアノが来きます。
合唱団の真ん中あたりに立つ人は、フタのせいで指揮が見えづらいし、お客さんの顔も見えなくなってしまうのだけど、それにはこういう理由があるのです。
「五つの童画」は、合唱だけではなく、ピアノそれ自身が歌う部分や、ピアノと合唱の掛け合いが聴きどころってことになります。
———
今回のピアノの平林知子先生は、好き放題に歌いまくりなCA団員の心の拠り所的存在です。
時に激しく、時にやさしく、合唱と対峙したり、寄り添ったり、いつも素晴らしいピアノを聞かせてくれます。
特に、メロウな音が素敵なんですよねえ。。。平林先生のピアノは。
合唱とピアノの激しくも切なく悲しく、そして明るく、楽しい「五つの童画」の世界を、しっかりお届けできるように、がんばります!
(つづく)
アンサンブル合宿の思い出 その2
10月20日(木)
こんにちは、Cantus Animae でソプラノを歌わせていただいているアヤコです。
今年のアンサンブル合宿を終えての感想です。
私は今年の年明けから入団したので、CAの合宿には初参加でした。
合宿というと、演奏会のための曲をがっつり練習したり、親睦会的飲み会をしたり。
そんなイメージを持っていたのですが、CAの合宿は演奏会やコンクールのための曲はやりません。
コンクール前なのに。
今回私が振り分けられたのは4班で、4班はとても面白そうな人たちの集まりとなりました。
あまり話したことのないメンバーとも話ができたり、どんな声で歌っているのか聴いたり、
個々が持っている音楽を主張しあったりと、貴重で充実した練習となりました。
少人数のアンサンブルで私がとても嬉しく、いいなぁと思ったのは、アンサンブルをするメンバー
の息づかいみたいなものでお互いの意思が通じそうなところです。実際通じているのかは、どうなのか。
通じ「そう」。
みんなの心拍の速さを音楽に合わせていくような。
そんなようなことが、ほんのほんのちょっと、できたのではないかと思っています。
4班の自由曲は Monteverdi の Lagrime (愛する女の墓に流す恋人の涙)の1〜3曲目です。
この曲の歌詞の内容によって、チーム名がいつの間にかOPSという何かの略になっていることにちょっと
さみしくなりましたが、本当に、いい曲です。
先生の講評の通り、自由曲に3曲では練習時間が足りなかったのかもしれません。でも、この素晴らしい曲を3曲も
歌うことができて、本当に幸せでした。ぜひまた歌いたいです。
昼間は歌いっぱなし、でも夜も歌う。
飲み会では余興があり、昼間とはまた違うチームで歌ったり一人で歌ったり先生も歌ったりと、その内容は盛りだくさんです。
自分は余興には参加しないからと気楽にいたのですが、すっかりすっかり忘れていました。
出なきゃいけない体操部門の余興があったことを…!練習してない!
冷や汗をかきながら何事もないかのようにスルーしてしまいました。
それによりnbsm氏に多大なご迷惑をおかけしたことを、この場をかりてお詫びいたします。
・・・楽しい夜でした。
アンサンブルコンテストの結果は、やるだけのことはやっての3位という感じでした。
私はコンテストの結果より、練習が充実していたことに非常に満足です。
もっと練習していたかったし、即席でしたがこのメンバーで2日間過ごせたこと、とても幸せです。ありがとうございました。
得るものが多かったこの合宿、私は改めて、CAに迎えてもらい、みんなと、先生と出会えたことに感謝します。
ちゃんちゃん♪
アンサンブル合宿の思い出
10月13日(木)
CANTUS ANIMAEでソプラノを歌っているあんひろです♪
合宿の記事を書きましたのでご覧ください(^o^)/
大人数で歌うのも楽しいけど、やはり少人数でのアンサンブルは楽しい。
メンバーのことをより身近に感じる。
自分の声と、それぞれのメンバーの声を聴くことができる。
2011年10月9日~10日、山中湖の宿泊施設にて【2日間のアンサンブル合宿】が開催された。
30名を超える人数で歌っている混声合唱団CANTUS ANIMAEのメンバーが4つのチームに分けられる。
先生が選んだ「課題曲」と各チームで選んだ「自由曲」を2日間みっちり練習し、2日目の午後に行われる団内のコンクールに臨む。
自由曲の選曲に制約はない。
一例として、私たちの班はEric Whitacre(エリック・ウィテカー)作曲の”With a Lily in your hand“を選んだ。
(マドリガル等も候補にあがったが、普段のCANTUS ANIMAEの活動ではあまり縁のなかった作曲家に取り組んでみようという理由での選曲だ。)
私は、今回の選曲で初めて”With a Lily in your hand“を聴いた。
変拍子や、テンションの入った和音が多様されたかっこいい曲。
声をパーカッション的に使っている部分、旋律的に聴かせる部分、3連符で和音を行ったり来たりしてゆるやかなビブラート効果(揺れ)を作る部分などがある。
声を”楽器”としてバリエーション豊かに使っている。私はこういう曲が大好きだ。
演奏中、テンポ感を合わせる部分やキメの部分など、メンバーのShiro君(Ten.)が指揮を振ってくれた。
頭で描いている音楽を、明確にできるのはうらやましい。
私は、やりたい音楽を「指揮」や「言葉」で表現することが苦手で、伝わらずもどかしいことがある。
「指揮」・「演奏」・「言葉」、あと作曲もやっているので「作曲」でも・・ 少しずつ頭の中にある音楽が伝わる手段を高めていきたい。
2日間という短い間だったので「音程・アーテュキィレーションについてはもっと緻密に作っていきたい。譜持ちでなく暗譜で演奏したい」という心残りはある。
だが、練習していくなかで、
「音楽の向かう方向(どの言葉まで?どの音符まで?)のコンセンサスをとる大切さ」、「音楽の向かう方向を決めたのなら、そこへ向かう時に音の緊張感が抜けないこと」など学ぶことがあった。
先生が到着される前でも、団員が意見を言い合って練習を進めていける雰囲気は貴重だと思った。
2日間の楽しい合宿で大学生時代にタイムスリップしたようで、翌日会社に着いて自分が社会人に引き戻されて驚いた。
(あんひろ)
アンサンブル合宿!
10月09日(日)
管理人です。
Cantus Animaeは、今日明日の1泊2日で
毎年恒例のアンサンブル合宿を行います。
現在、渋滞に悩まされながら各自が合宿先の山中湖に向かっているところです。
毎年、様々なドラマが繰り広げられるこの合宿。
さて、今年は?
後日になりますが
団員による合宿体験記も掲載する予定です。
お楽しみに♪
それでは行って参ります。
新HPオープンしました!!
10月01日(土)
はじめまして!!
Cantus Animae(略してCA)のホームページをリニューアルOPENしました!!
本ページを利用して
私たちCAの活動紹介や、個性豊かな団員によるブログなど
色々な情報を発信していこうと思います。
まだまだ、読み物が少ないですが
11/20 コンクール全国大会、12/23 演奏会に向けて
続々とコンテンツをアップしていきますのでお楽しみに♪
どうぞ、末長くよろしくお願いします。
管理人

