4/15 Monthly Concert「心の四季」のご報告

こんにちは!管理人です。
大変遅くなりましたが、4月15日に開催された、Monthly Concert(以下MC)の内容について、
ご報告します。
※MCって?という方はこちらをご参照ください。

今回のMCは髙田先生の作品と触れ合うだけでなく、団にまったく関係のない一般の方々にも
ご参加いただいてみては?という趣旨のもと、初めての公募MCとさせていただきました。
※詳しくはこちらをご参照ください。

団員も予想していなかったほどの沢山のご応募をいただき、
当日も20名をこえる方々にお集まりいただきました。

普段の練習とは一味違った雰囲気と、
一人一人違った音楽性を持ち合わせた方々にお集まりいただいたことで、
CAだけでは生まれることのなかった演奏になったのではないかと思います。
団員一同、心より厚く御礼申し上げます。

また次回の公募MCも目下企画中ですので、今回ご縁がなかった方々もぜひ!
参加をご検討ください♪

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さて、ここからは実際のMCがどんな内容だったのか
CAの中でも濃ゆさで有名な某ヅキヲ氏に感想をまとめて頂きました。


バリトンの都築啓介と申します。
今回は、4/15に催しました、Monthly Concert「心の四季」について記述させて頂きます。

髙田作品に取り組むためのMCとしては、
「水のいのち」「ひたすらな道」につづきこれで3回目となります。
今回も雨森先生と共に髙田先生の音楽性、精神性に寄り添いながら練習に取り組みました。

様々な髙田作品の組曲のなかでも、
今回取り組んだ「心の四季」は髙田作品への入門曲でもあると
カワイ出版、髙田三郎著「ひたすらないのち※」に記載されています。
※以下一部表現を本書より抜粋。

髙田先生は、詩の選び方に特殊な好みがあるため、
一筋縄では捉えられない作品が多いと自らおっしゃっています。
その中で、吉野弘先生の「心の四季」については、比較的取り付きやすい詩でありながら
髙田先生の音楽作品の特徴を表現している作品、ということのようです。

髙田先生と吉野先生の接点は、「わたしの願い」、「水のいのち」の詩人、
高野喜久雄先生を通じてのものであったとのことです。
おそらく、詩を通じて「いのちの捉え方」に共感があったからではないでしょうか。

髙田先生はクリスチャンでもあり、日本における典礼聖歌への取り組みについては
ヴァチカンから勲章を授与されるほどであり、その音楽性、精神性については
「祈り」と密接な関わりがあったと考えられます。

上記のような背景、精神性を考えながら、様々な方と一緒に、
雨森先生のご指導によって、「祈りの音楽」を感じる時間はとても幸せでした。

下記にその一部を紹介いたします。
「演奏後のパンフレット」というようにでもお読み頂ければ幸いです。

◇風が
「見えない時間」に吹かれ、みがかれ、包まれている。
とすれば、この見えない時間というものは、四季折々を感じながら「生きる時間の恵み」と
感じることもできるのではないでしょうか。

風によって、この曲で描かれる様々なものを感じ取れるのであり、
当然大事なこととして、冒頭の「かぜが」の歌い出しについては特に繊細に取り組みました。

◇みずすまし
「身体を締めつけ押し返す、水の力に出会う筈」
「あなたが死ぬと、水はその力をゆるめ、むくろを水底へ抱き取ってくれる・・・
水のやさしさ」
試練を与えながらも、永遠の安息を与えるという、
「存在」を意識せずにはいられません。

「みずはそのちからをゆるめ、」
楽譜上に、連続した独立の八分音符で描かれる、「ゆるめ」という
言葉の表現にも、その詩人の思いが感じられるように、歌い込みました。

◇流れ
豊富な水流が、抗う岩や、遡る魚に迎えられながらも爽やかさを感じさせ、
また、豊かで大らかな流れとしてむしろ卑屈なものたちを川下へ押し流していく。
この曲には「水のいのち」とつながる精神性が感じられます。
その豊かさ、大らかさを感じながら歌いました。

◇山が
山への憧れ、その高み、その澄んだ空気の中へ行けたら…
という、願いの曲であることを意識し、山の「そのこころ」を探しに行く。

まさに祈りのテキストを歌いあげ、終盤のm(ハミング)で書かれながらも、
楽譜の巻末には開口で歌うのがよいとも書かれているその音、
厳かな祈りの精神性を表現することに憧れながら、音楽をつくりました。

◇愛そして風
過ぎた昔の愛のはやてであっても、いつまでも吹かれざわめく人間の姿、
その姿はとても抒情的に表現されています。
人の心の揺らぎについて、感情表現豊かなドイツリートのように、様々な揺らぎを
演じながら歌うことに、また喜びを感じました。

◇雪の日に
東北の雪の、まるでおさえきれない人間の精神のように激しく、
その上へその上へと降り続ける雪を表現したフォルテ。
しかし、作曲者は、ただその激しさを表現するだけでも足りないものがあると述べています。
それは歌い手全体が、生来「白」の性とともに空に生まれてきた「雪」になりきること。

CANTUS ANIMAEは昨年、「無垢と経験の歌」を取り上げた作品・・・
八村義夫作「アウトサイダー」に取り組みましたが、
この”生来の白の性”と、”無垢”という要素は通じるものを感じました。
激しさと、ついてしまった”けがれ”を幾度もつつもうとする、雪のせつなさの表現。

◇真昼の星
すべての人が、「雪の日に」の余韻の中で、
この「真昼の星」になぐさめを味わうことができるように・・・。

ひそやかに、しずかに。という最後の歌詞はまるで宗教曲の終止のように、
すべてを受け入れ、癒す響きに聴こえるような歌を求め、祈りました…。

以上が、一部として、取り組んだ演奏を紹介する内容となります。
今回、この「心の四季」に取り組んだことで、髙田先生の言葉の捉え方や、
その内容が音楽表現にどうつながるかについて、入門曲として様々に学べました。
今後もこの経験を活かして、髙田作品に取り組んでいきたいと思います。

ご拝読、ありがとうございました。

都築啓介

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